英語の教科書「Sunshine」のエミリーとクミは今、40歳になったふたりの物語

   

英語の教科書「Sunshine」エミリーとクミ

Welcome, Emily. I am Kumi.
Hello, Kumi. I am Emily.

この一文を見て、「ああ、懐かしい……」と胸がざわついた人は、きっと少なくないはずです。

開隆堂出版の中学英語教科書『Sunshine English Course』に登場した、エミリーとクミ。アメリカからホームステイにやってきたエミリー・ブラウンと、日本人の主人公岡 久美(クミ)です。

1990年代末から2000年代にかけて、この教科書で英語を学んだ人にとって、ふたりは単なる登場人物ではなかったように思います。教室の空気や、音読させられた記憶や、当時の自分自身と一緒に残っている存在です。

ふと思いました。
あのふたりは、今どうしているのだろう、と。

エミリーとクミが中学生だったのは、おそらく1999〜2002年ごろです。もし彼女たちが本当にあの時代を生きていたとしたら、2026年の今、40歳前後になっているはずです。

教科書のキャラクターの「その後」を考える。たったそれだけのことなのに、想像を始めると意外なくらい世界が広がっていきました。

この記事の前半では、エミリーとクミがいた時代の空気をたどりながら、「もし実在していたら、どんな人生を歩んだだろうか」を考えてみます。後半では、その想像をもとに、2026年のふたりを短い物語として描いてみます。

もちろん、ここから先はフィクションです。ですが、あの教室にいたふたりの25年後を想像することは、私たち自身の25年を振り返ることにも少し似ている気がします。

なぜエミリーとクミは、こんなにも記憶に残っているのでしょうか

まずは、『Sunshine English Course』がどれくらい多くの人に届いていた教科書だったのかを、ざっくり振り返ってみます。

Sunshineは、2000年代中ごろには全国でおよそ20〜25%前後のシェアを持ち、東京書籍の『NEW HORIZON』、三省堂の『NEW CROWN』と並ぶ、中学英語教科書の主要な一角でした。現在の感覚で言えば、かなり多くの中学生がこの教科書で英語を学んでいたことになります。

つまり、今30代後半から40代半ばくらいの人の中には、エミリーとクミに親しみを持っている人が相当数いるはずです。あの最初の会話文を見て、一気に記憶が戻る人がいるのも不思議ではありません。

教科書のキャラクターというのは、不思議な存在です。漫画の主人公ほど強い物語を背負っているわけではないのに、教室で何度も目にして、声に出して、テストにも出てきたせいか、妙に記憶の奥に残っています。

しかも、エミリーとクミは「誰かの特別な物語」というより、むしろ私たちの日常の延長線上にいました。だからこそ、「今どうしているんだろう」と考えたときに、現実に近い手触りで想像しやすいのかもしれません。

もし彼女たちが実在したなら、どんな25年を生きただろう

ここからは、あくまで想像です。

ただ、エミリーとクミが中学生だった時代、つまり1999〜2002年ごろを起点にして考えると、ある程度「それらしい人生の流れ」は見えてきます。

彼女たちは、ちょうどインターネットが一気に身近になり始めた時代に思春期を過ごし、その後はリーマンショック、SNSの普及、グローバル化、コロナ禍といった大きな変化をくぐり抜けてきた世代です。希望もあったし、不安定さもありました。努力すれば道は開けると言われながら、その一方で、社会の側がどんどん変わっていく時代でもありました。

中学生だったころ(1999〜2002年)

エミリーは、アメリカのどこか、たとえば西海岸の少し開けた街が似合います。ITの熱気があり、多様な文化が混じり合い、世界とつながることに前向きな空気がある場所です。そんな環境で育ったなら、海外に興味を持ち、日本へホームステイに来たとしても不思議ではありません。

一方のクミは、日本の都市部で、ごく普通に暮らしていた中学生として想像するとしっくりきます。英語は学校の科目のひとつだったけれど、実際に海外の同世代と話す機会はほとんどなかった。だからこそ、エミリーとの出会いは、「英語ってテストのためだけじゃないんだ」と感じる大きなきっかけになったはずです。

教科書の中では、ごく素朴な自己紹介から始まるふたりですが、実際には、最初はかなりぎこちなかったのではないでしょうか。うまく通じない。気を遣う。沈黙もある。でも、それでも少しずつわかり合っていく。その感じが、かえってリアルです。

中学生のころに「言葉が通じるって面白い」と思えた経験は、その後の進路や価値観にかなり強く影響します。ふたりにとってこの出会いは、たぶん一過性のイベントではなく、その後の人生の方向を少し変える出来事だったのだと思います。

大学生〜20代(2003〜2011年)

この時期のエミリーは、国際関係や教育、異文化コミュニケーションのような分野に進んでいそうです。ホームステイの経験が強く残っていれば、「もっと世界のことを知りたい」「日本ともつながっていたい」と考えるのは自然です。

ただ、彼女たちの世代は順風満帆というわけにはいきません。2008年にはリーマンショックがありました。もしエミリーが大学卒業のタイミングで不況にぶつかったなら、希望していた進路が一度崩れた可能性もあります。外資系企業を目指していたのに採用が止まる。計画していた人生がいったん白紙になる。そういうことは十分ありえます。

でも、そういう挫折を経験した人ほど、別の道で自分の軸を見つけることがあります。エミリーも、日本での経験を思い出し、語学教育や国際交流の現場に戻ってきたかもしれません。少し遠回りをしたからこそ、自分が本当にやりたいことに気づいた、という人生です。

クミのほうは、英語を使ってもっと広い世界を見たいと思い、大学では国際系の学部へ進んだかもしれません。あるいは留学やインターンに挑戦して、「外の世界では、こういう働き方があるのか」と衝撃を受けたかもしれません。

ただ、日本でキャリアを積もうとすると、理想だけでは進めません。大企業に入っても、女性であること、若手であること、語学ができることが、必ずしもそのまま評価につながるわけではない。むしろ便利に使われたり、目立つことで浮いたりすることもあります。

クミはそうした現実に一度ぶつかった気がします。でも、その経験があったからこそ、「ただ頑張るだけではなく、仕組みそのものを変えたい」と思うようになったのではないでしょうか。

30代前半(2012〜2021年)

30代に入ると、キャリアだけではなく、結婚や出産、親の体調、住む場所など、人生の変数が一気に増えてきます。理想の通りに走り続けることが難しくなる時期です。

エミリーは、教育やテクノロジーの分野で仕事を続けながら、日本とのつながりを保っていそうです。けれど、出産や育児を経験すれば、それまで当たり前だった働き方は崩れます。夜に眠れない。集中できない。仕事の進み方も、心の状態も、自分の意思だけではどうにもならない。そんな時期があってもおかしくありません。

クミもまた、順調そうに見えて、実際にはかなり揺れていたはずです。仕事は面白い。でも家庭のこともある。親のことも気になる。自分の体力も無限ではない。その中でコロナ禍が来て、働き方も生活もいっぺんに変わりました。

面白いのは、こういうしんどい時期にこそ、人は昔の縁に戻ることがあることです。

エミリーとクミも、久しぶりに連絡を取り合いながら、「子どもが寝ない」「会議が終わらない」「全部無理」といった日々の愚痴を送り合っていたかもしれません。でも、そのやり取りの中にこそ、彼女たちが本当に向き合うべき課題が見えてきます。

家庭と仕事、言語と文化、ケアとキャリア。どちらかを諦めるのではなく、どう両立するか。中学生のときに出会ったふたりが、大人になってからその問いにもう一度向き合う。そう考えると、とても自然です。

2026年、エミリーとクミは渋谷にいる

ここからは、そんな想像をもとにした短いフィクションです。

もしエミリーとクミが本当にあの時代を生き、迷い、遠回りし、それでも言葉の力を信じ続けていたなら。2026年のある日、こんな場所にたどり着いているかもしれません。


【物語】エミリーとクミ、25年後の会議室

渋谷のコワーキングスペースは朝から少しまぶしすぎる。ガラス張りの会議室に差し込む光がノートPCの画面に反射して、エミリーは目を細めた。

「Kumi、あと15分。スタンフォード、もうすぐMeetに入ってくるよ」

会議室の外から声がして、クミはコーヒー片手に振り向いた。

「え、もうそんな時間?」

「さっきも言ったよ」

「ごめん、資料だけ最後にもう一回見たい」

エミリーは苦笑した。

「Still?まだ見直すの?」

「Stillです」

「ほんと、直前までいじるの変わらないね」

「そこが私のいいところでしょ」

「いいところでもあるし、怖いところでもある」

クミは笑いながら会議室に入り、エミリーのPCをのぞき込んだ。

「あ、3枚目の見出し、こっちのほうがよくない?」

「どれ?」

「“Learning Gap”じゃなくて“Access Gap”。今日の相手、そっちのほうが刺さる気がする」

エミリーは数秒だけ画面を見て、頷いた。

「……たしかに。変える」

「でしょ?」

「こういうときだけ異様に鋭いんだよなあ」

「こういうとき“だけ”は余計」

ふたりが共同で立ち上げた会社は、言葉と学びに関わる事業をしている。オンライン英語教育を入り口にしながら、キャリアの学び直しや、多言語の教育コンテンツづくりまで手がけている。東京とシアトルをつなぎながら始まった小さな事業は、思っていたよりもしぶとく生き残り、今ではそれなりに人も増えた。

もちろん、ここまで順調だったわけではない。

創業して最初の半年、ふたりは何度も「やっぱり無理かもしれない」と挫けそうになった。ベンチャーキャピタルに話を持ち込んでも、返ってくるのは似たような言葉ばかりだった。

「教育は大事ですが、スケールしますか」
「社会的意義は感じます」
「でも、投資としては少し難しいですね」

きれいな言葉で断られるたびに、クミは帰りの電車でほとんどしゃべらなくなった。エミリーは「次があるよ」と言ったが、ミーティングが終わったあと、キッチンでしばらく立ち尽くしてしまう夜もあった。

子どもが寝たあとに資料を直して、少しだけ眠って、また朝になったら画面を開く。夢のある起業というより、ほとんど持久戦だ。

転機になったのは、ある日のピッチ。

クミは資料の冒頭を大きく変えた。「私たちは教育をやっています」という話ではなく、「言葉と情報へのアクセスの差が、どれだけ人生の選択肢を狭めているか」を前面に出したのだ。

英語ができるかどうか。デジタルにアクセスできるかどうか。子育てや介護をしながら、学び直しができるかどうか。そうした条件の差が、そのまま将来の差につながってしまうことを、数字と言葉の両方で示したのだ。

プレゼンが終わったあと、それまで腕を組んで聞いていた投資家が、初めて少し前のめりになった。

「これは教育の話というより、機会の再設計の話なんですね」

その一言で、空気が変わった。

一方で、事業が少しずつ形になってきたあとも、人生そのものはきれいには整わなかった。

エミリーの娘は、小学二年生になっても、母親がなぜいつもパソコンを見ているのか、いまひとつわかっていなかった。ある日、夕食のあとに娘はエミリーに聞いた。

「ママの会社って、何してるの?」

エミリーは少し考えてから答えた。

「言葉の壁を、少し低くする仕事かな」

娘は首をかしげた。

「壁って、なくすんじゃないの?」

「なくせたら一番いいんだけどね。急には難しいから、まずは越えやすくするの」

娘は、わかったような、わかっていないような顔で牛乳を飲んだ。

クミのほうは、会社が少し安定してきたころから、別の重さを感じるようになっていた。母の通院、子どもの予定、自分の仕事。全部こなしているようで、実際にはいつもどこかに小さな遅れがあった。

昔は、もっとシャープに生きられると思っていた。努力して、前に進んで、選び続けていけば、人生はもっと整った形になるのだと思っていた。

でも実際は違った。人の人生は、何かを積み上げるだけではできていない。立ち止まることもあるし、引き返すこともあるし、予定通りにいかない時期もある。その全部を抱えたまま進んでいくしかない。

だからこそクミは、会社に新しい休暇制度をつくった。育児と介護が重なる時期のための制度だ。名前は少しかたかったけれど、必要なものだとわかっていた。

「これ、たぶん自分が最初に使うよね」

制度案を見ながら、エミリーが笑って言った。

クミも少し笑った。

「たぶんね。そういう制度って、だいたい切実な人が作るから」

そんなふうに、仕事と生活がきれいに分けられないまま、ふたりはここまで会社を育ててきた。

そして、その延長線上に今この会議室がある。

モニターに海外チームの接続通知が表示される。

エミリーが背筋を伸ばし、クミはコーヒーを最後にひと口だけ飲んだ。

「Ready?」

「うん。いこうか」

たぶん25年前、ふたりが交わした最初の言葉も、こんなふうに少しぎこちなかったはずだ。

「Welcome, Emily. I am Kumi.」
「Hello, Kumi. I am Emily.」

あの一文から始まった物語は、思っていたより長く続いている。


教科書の中のキャラクターの25年後を想像してみると、不思議なことに、自分自身の25年も少し見えてきます。

あのころ教室にいた私たちもまた、エミリーやクミと同じように、時代の変化に巻き込まれながら、迷ったり、遠回りしたり、それでも何とかここまで来たのだと思います。

サンシャイン世代のみなさんは、エミリーとクミのどちらに、より近いものを感じるでしょうか。

あるいは、どちらにもあまり似ていないかもしれません。けれど、教科書の中のあのふたりを思い出したとき、少しだけ昔の自分と再会できる気がします。

もしエミリーとクミが今もどこかで生きているのだとしたら、それはきっと、私たちの記憶の中だけではありません。いまの自分の選択や迷いの中にも、少しずつ生き続けているのだと思います。

 -おもしろ・雑学

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